五十而知天命&バリ島往還

半世紀を生きてきた今、無理しない生き方をゆるーく追及中。バリ旅に学ぶところ多し。

正しく恐れることの難しさ;自粛というより委縮してしまった件

 

 

昨日(26日)は、とある芸術系の講演会に行く予定だった。その講演者のことは10年以上前から追いかけていて、電車で2時間くらいの距離であれば、講演会には常に参加してきている。今回の会場は、隣の県だった。

 

ようやく再開された活動だったが・・・

新型コロナウィルス感染症の影響で、講演者は3月以降、人前での活動が全くできていなかった。特定されたくないので詳細は控えるが、オンラインでは代替できない内容で、聴講者は現地に行く必要がある。今回は 人数を会場の客席数の1/3以下に絞って、ようやく開催することになった講演会だった。主催者からはチケットと一緒に、感染予防策に関する、とても丁寧でわかりやすい説明書きが送られてきていた。

申し込んだときには状況が落ち着いていた 感染者数が、先週は200人を超える日が続くようになってしまった。都知事からも、4連休は不要不急の外出は控えて欲しいというコメントが出た。ニュースでも、県をまたいだ移動は極力控えるべきだと、有識者の方が発言されていた。

 

リスクを避ける行動をとる準備はできていた

もし私が講演会に行くとすれば、家を出る前に手を洗い、マスクをして電車に乗り、会場最寄り駅で降りたところで手を洗い、同行者はいないので移動中も会場に着いてからも一言もしゃべらず、誰かと食事をするようなこともなく、また電車に乗って帰ってくる、という行動になる。

会場は主催者の説明文によると、発語する講演者と参加者の 間には十分距離があり、換気や消毒の対策も十分に行われている という。

 自分自身はと言えば、7月の外出回数は通勤3回に近所への買物が2回で、あとはテレワークと通信販売で暮らしている。

 

理屈で言えば、感染者の多い都内から移動するとはいえ、上のような行動を取る自分が隣県に感染を広げる可能性は、ゼロとは言わないが(可能性をゼロにするのは科学的に不可能だ)、とても低いと考えることができるだろう。

多少なりとも外出はしているので、自分は感染者かもしれないという前提を持ってはいるが、平日には隣県から 数多くの通勤者が移動してきて、都内の誰かと会話しながら長い時間滞在して帰っていくわけで、そうした人の数とリスクの高さから比べると、私が隣県にひとり黙って講演会を聞きに行くリスクなど微々たるものではないのか、と考えることもできた。

 

だが、結局、行くことができなかった。

 

電車の中の風景

いつになったら安心して電車で移動できるのか

 

感染者が発見されたらときに起こる事態

実際に感染することや感染を広げてしまうリスクは、上に書いたような行動であれば、相対的に低いと考えていた。しかし、それよりも実際に起こる可能性が高く、そして恐ろしいのは、感染「疑い」を持たれた場合に起こり得る事態 だ。

 

例えば、会場の周辺の席に後々発症した人が出れば、濃厚接触者として検査対象となるだろう。それでもし感染していたら、その発症者から感染したという疑いの他に、都内から移動してきていた自分が感染元だと疑われるかもしれない。

実際には、その人は他のところで感染してきたのかもしれないのに、講演会のような「人が集まる」環境にいたとなれば、槍玉に上がることは容易に想像がつく。

 

あるいは、自分が何等かの体調不良になって、その原因が新型コロナでなかったとしても、感染者かどうかの検査はされるかもしれない。それで感染者となって行動トレースされれば、上のパターンと同じことが起こるだろう。

 

実際の感染リスクよりも大きい「犯人扱い」リスク

感染経路がわからない人の割合が多くなることは問題なので、行動をトレースして人が集まる環境にいたという事実があれば、ともかくそこに原因を求めたい気持ちはわからないではない。

感染経路の追跡の現場で、実際にどのようにおこなわれているか知らないのに疑って申し訳ないとは思うが、報道されていることを見聞きした限りでは、そのような「冤罪」の対象になりやすいという感じがする。

 

繰り返しになるが、人口密集地である都内で暮らして、少ない回数であっても電車移動もしている自分は、すでに感染者かもしれないという前提を持っている。

その状態で隣県の講演会に参加すれば、何かあったときに、感染経路に関して、講演会が犯人扱いされてしまうことが恐ろしい。

また自分自身がどんなに移動中の行動に注意を払っても、隣県へ移動したことのみを捉えられて非難されるのは、割に合わないとも思う。

 

これはもう、自粛ではなく、委縮ではないのか。こんなことでは、正しく恐れて新しい日常をつくるどころではない。疑われるに違いないなどというのは思い込みであって、自分と講演主催者の予防対策が適切であると胸を張って言えるのであれば、抑制するべきではないのではないのか。

頭ではそう考えるのだが、結局、行動に移す勇気は持てなかった。